3.忘れもの

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 「プレゼントはこちらまで 砂金慶一郎様」とご丁寧に白い紙が貼り付けられたダンボール。周りに人がいないのを確認して、中身を覗き込む。今のところ、ほとんどは手紙のようだった。可愛らしい色の封筒や、シンプル極まりない封筒、メッセージカードなどが折り重なっている。他には何か小さめのプレゼントらしき袋が鎮座していたが、綺麗にラッピングされていて中身は分からなかった。それを見てどうする、という訳でもない。ただただ俗物根性丸出しの習慣だ。中身を眺めてこんなものか、と思うこともあれば、何故こんなに大きなものが、だとか、こんなに分厚い手紙を書けるなんて、と驚くこともある。  思ったより、手紙の数が多かった。満足した里沙は帰ることにした。今日は宅飲みと決めている。帰りに少しばかり高価なつまみでも買おう。観覧スペースまで戻れば、人だかりは更にその規模を大きくしていた。最後にもう一度スタジオのほうに目をやる。自分も、自分なりに頑張るか。今は素直にそう思えた。  ふと、視界の隅。一人の後ろ姿が目を引く。  いよいよ駅に向かおうとした時だった。人混みを離れ、プレゼントボックスのほうへと歩いて行く背中に目が吸い寄せられる。だぼっとした緩いシルエットのパンツ、ダークグレーのニット帽、たまご色のタートルネック。今の時期にはいささか暑すぎる格好だ。遠目から何とはなしに見ていると、その人物は手にした鞄から封筒を取り出し、ボックスの中へそっと置いた。  あんまり凝視するのも悪いと思い、微妙に顔を背けながら、何故か里沙は目が離せなかった。その人物はゆっくりと振り向く。大きなマスクを装着していて、顔は見えない。最後尾に向かおうとしているのだろう、歩き始めた人物は、やたら厳重に防寒対策をしているという以外、怪しい素振りなど一切なかった。訝しがる理由も、驚く要素もどこにもない。 「……なんで、」  しかし、里沙はその場を動くことが出来なかった。こちらを振り向いた一瞬、ちらりと除いた双眸。遠くからでも分かった。それはスナックで何度も見てきたもの――かつて里沙をきつく睨み付けた瞳に違いなかった。  今まさに最後尾に並び、電気のついたサテライトスタジオに目を凝らしているのは、他でもない、マリヤだった。
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