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「ね、砂金さんにしては上がり早くない?」
再び片付けに戻ったところで、背後から声がした。ああ、またか。内心ため息をつきそうになって、里沙は長沼のほうを振り向いた。
「長沼さんも早いですね?」
「結構暇な時期だからさ。そっちは?」
何食わぬ調子で微笑む、その目尻には幾筋も皺が寄り、くっきりとした線が刻まれている。少しはケアでも何でもすればいいのに。そんなことを言ったら全て終わってしまうので、決して口にはしないけれど。
「大きな声では言えないですけど……全然終わってないのに上がっちゃいました」
「えー、やだ、もしかしてデート?」
これは本気で探りを入れてきている顔だ。里沙は苦笑いを浮かべ首を横に振る。同じアラフォー世代としてどうしても気になるのだろう。長沼は社歴で言えばかなりベテランの先輩だが、年齢は五つほど下のはずだ。確かに里沙も四十手前の時期、らしくもなくあれこれ考えたものだった。
「いつものストレス発散ですよ」
「ああ、行きつけの店?」
「はい、行きつけの」
「好きだねえ」
「相変わらずです」
「ま、散財しないようにね」
「大丈夫ですよ。他に使うアテもないんで」
共犯者の笑みを交わす。独身同士、考えることはなんとなく似ている。全く異なる部署でありながら、話す機会が多いのは、境遇が似ているからというのが何よりも大きい。長沼を除く同世代の社員らが盛り上がるトピックスのほとんどに、里沙は曖昧な笑みで応えることしか出来ない。夫の愚痴も、子育ての苦労話も、姑との確執も、彼女たちには縁のない話だった。
「じゃあ、お先に失礼します」
ようやく準備を終えた里沙は、笑みを貼り付けて会釈をした。長沼は振り返りもせず右手を軽く振っただけだった。里沙はチャンキーヒールのパンプスを突っかけて職場を後にした。
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