記憶戻しの針

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時は平成。桜子は車の後部座席でぼんやりと外を眺めていた。 元々東京に住んでいた桜子だが、父の転勤で田舎町に引っ越している最中だ。 転勤に合わせ、こちらの大学受験も合格済みで、引越しが終わったひと月後には桜子も大学生だ。 「ねぇ、見て。立派な桜ね」 母親に言われて窓の外を見ると、確かに立派な桜の木が見えて見事に咲き誇っている。 だが今は3月上旬、桜が咲くにはまだ早すぎる。その桜の木だけがやたらと大きい上に、他の桜は花をつけていない。 しかし桜子にはそんな事はどうでもよかった。 (なんなの?この感じ……) 桜を見た途端桜子の胸はざわつき、得体の知れない哀しみがこみ上げてくる。 耐えきれず、桜子は下を向く。 「どうしたの?」 「たぶん長い時間乗ってるから疲れたんだと思う」 桜子はそう言って隣に置いてある自分のカバンを枕にして寝始める。 「そう?新しいおうちに着いたら少しゆっくりしましょうね」 母親は呑気に言う。 新しい家に着いて車に積んである荷物を下ろすと、母親は途中のコンビニで買ってきたお茶とお菓子を出した。 それらを口にしながら雑談をするが、桜子は数秒しか見ていないあの桜が気になって仕方なかった。 お茶が終わると片付けが始まる。 桜子はお気に入りの赤い紐で髪を結い直してから手伝った。 重いものはほとんど父親がやってくれるとはいえ、18歳の女性からすればかなりの重労働だ。 夕方すぎまで片付けをすると、外食をしてからお風呂に入って眠った。
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