夏の速度と、蒼い海症候群①

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 ”敵”の正体は不明。はるかに発達した文明を持った宇宙人だとも言われているし、人間が海に放り投げた産業廃棄物の化け物だとも言われている。でも、私にとってはどっちでもよかった。私にとって”敵”は、赤羽のアパートを奪い、自分の生活をかき乱した――そして自分の両親を奪い去った存在だということにすぎないのだ。それ以上でも以下でもない。    ◯  秩父に引っ越しをする当日、いつもの喫茶店で久しぶりに彼と会うことにした。彼はかろうじて残っている「東京」の部分に住んでいて、引っ越すつもりはないんだという。これからあんまり逢えなくなるね、と私は言った。小振りのきれいなペンダントを渡して、「私がいない間、それを私だと思ってね。ぜったいになくしちゃだめだよ」というと、彼はゆっくりとうなずいた。  ふいに彼が視線を落とした。 「澪はさ」  めずらしく大きなLサイズのコーヒーをすすりながら、彼はふと言葉をこぼす。 「生命って、なんだと思う?」  その言葉を聞いて、私の動きはとまった。店内には小じゃれたBGMが流れ、冷房で心地よく冷やされた空気を震わせている。私は自分のカフェオレをテーブルに置いて、彼を見据えた。 「航くん、それってどういうこと?」 「僕はね」私の問いかけに応えるようすもなく、彼はその奇妙な話を続ける。「病気だと思うんだ」 「病気?」 「そう。生命とは、性行為によって感染する、致死性の病」     
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