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「いずれ戦争に巻き込まれて、死にたくもないときに死にたくもない場所で、死にたくもない方法で死ぬのが。いまこの国にはそんなやつらばかりじゃないか。きみの両親だってそうだろう」
「航くんっ!」
私は思わず声を荒げた。彼はばつの悪そうな顔をした。からん、と彼の握るグラスの氷が渇いた音をたてる。
「……ねえ、どうしちゃったの。なんだか今日へんだよ? 熱でもあるの?」
「熱よりもっとひどい病気さ。このままではもうこの国は終わりなんだ。僕は自分で死に場所を選ぶよ」
「どうやって」
「志願兵だよ」
まるでなにかに取り憑かれたような、凝りのたまった瞳。
「民間の軍事企業が、志願兵を募集してるんだ。”敵”に対抗するための強力な兵器も開発してる。自分たちの居場所を守るために、彼らはみずから生命を捧げようとしている」
「……航くんもそれに行くの?」
「うん。なにもできず部屋でじっとしているよりはよほどいい」
「……そう。勝手にして」
私はカフェオレを飲み干した。彼もグラスに残った水をあおり、話は終わりだとでも言うようにテーブルに置いた。たん、とぶつかる音が店内に響く。彼は立ち上がり、レシートを持ってテーブルを去って行ってしまった。私にはもう、彼の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
その夜、私は祖父たちのいる秩父へ行った。彼にさよならも告げずに。きっと彼は彼で、東京の軍事企業に行くんだろう。
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