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夏の速度と、蒼い海症候群①
「願いが叶う座礁船?」
私がそう訊くと、彼は「うん」と鷹揚にうなずいた。
「東京海のどこかの海辺に打ち上げられた座礁船があって、それに願いを掛けると、戦火の夜に願いが叶うらしい」
彼の吸い込むアイスコーヒーがずるずると音をたてる。持ち上げたSサイズのグラスには汗のようにきらりと雫が光る。
「座礁船が願いを叶えるって、なんだかおかしいね。岩とかにぶつかって使えなくなっちゃった船のことでしょ?」
「そう……だけど、厳密に言うとちがうかな。海面が上昇して港から押し流されてきた船だ」
「どっちでもいいかなあ。使えない船に変わりはないもの」
「それもそうだね」
「船が私たちの願いを叶えてくれるの? 戦火の夜に?」
「うん。水平線に“敵”の船が炎上する光が煌めく夜に、その願いが叶うんだってさ」
「へんなの。どうやって船が叶えるの? 『お金持ちになりたい』とかでもいいの?」
「さあ……まあ、ある種の都市伝説だし、そもそもその座礁船が実在する証拠なんてないんだよね。このご時世海辺なんて危なくて行けないから、実際に見た人なんていないんだ」
「ええー。なんだ、つまんないの」
「見てみたいのかい?」
「んん、どうだろ」
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