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ずっと前、美由紀は、パパの財布からお金をとろうとした。
ソファーの背もたれにかけたジャケットの、ポケットにつっこんであった財布をそっと抜き出し、中身を物色していた現場に出くわした。
暗い中、もぞもぞうごく大きな影と、ママと違う髪型と、背丈でわかった。ママは小柄でパーマがかかったショートで、美由紀は大柄でミディアムロング。
リビングの電気をつけて、はっとした美由紀の片手には、一万円札とファミレスや立ち食いそば屋のサービス券。口をぱくぱくさせ、私を見ていた美由紀は、後ずさりして足をすべらせ、尻餅をついた。衝撃で、床が抜けるぐらいの。
じりじり近づいた私に対し、美由紀は「違うの、違うの」と繰り返して、涙と鼻水をどばどば出して泣き始めた。
ああもう、思い出すだけでいらいらしてくる。
テーブルをバン、と力強く叩いてしまい、パパが「落ち着きなさい」とゆっくり言った。
「ごめん、つい、パパの財布にあったお金を美由紀が盗んだの思い出しちゃった」
「派手な尻餅だったなあ、地震か事故が起きたかと、慌てて飛び起きたんだ」
「パパったら、寝癖だらけで『みんな無事か?』なんて訊いてきて」
ふたりで、顔を見合わせて吹き出してしまった。ママはその横で、ずっと、電話で話を聞いている。
汗だくになって、私とパパをぎろっと睨んだ。
パパは肩をすくめた。
自分がお金を盗まれそうになったにも関わらず、美由紀を責めずに、私だけを信じてくれたパパは味方だ。最高の味方だ。そう思う。
あの時、「違うの」を連発しながら美由紀は、パステルピンクに水色のリボンがプリントされたパジャマのポケットに、一万円札とサービス券をねじこんだことも忘れていない。
ママは「明梨が寝ぼけていたんだ」とか「美由紀ちゃんはそんなことはしない、とてもいい子」とかフィルターばりばりの発言しかしないうえに、「明梨が罪をかぶせようとした」なんて、またまた私を悪者にしようとしてきた。
パパが信じてくれたこと、「遅いんだからもう寝よう」と、騒がなかったことが嬉しかった。
なによりも、私を責めないで、だれも叱らなかった。
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