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放たれる①
「あたしね、自由が好きなの」
私が憧れた彼女には、へんな口癖があった。仄暗い洞窟みたいな私の心のなかに、彼女――和泉の言葉はしみ出た地下水の一雫のように響き渡り、彼女の笑顔は差し込む一条の陽光のように底を照らした。
卒業式の日。それは、巣立ち行く若者たちが、限りのない真っ白な「自由」と、覚悟と責任という「制約」を手にする日。
そんな卒業式を明日に控えた放課後の教室は、しんと静まり返っていた。時間と空間をさまよって漂流した教室のなかに、私と和泉だけが取り残されているみたいだった。
「ねえ小夜子、知ってる? 『自由』って、ミズカラニヨルって意味なんだって」
自らに由る。自分の意思で選び取って、決断をすること。
視線を落として、なんとはなしに眼鏡を弄んだ。「知っていることを知っていると言えず我慢している」ときに出るという、どうやら私の癖らしいその所作を見て、和泉は相好を崩した。
「なんだあ、やっぱり知ってたんだ。小夜子は物知りだなあ」
私はあいまいに笑った。自分では笑ったつもりであったが、うまく笑えていただろうか。和泉の目には、口角がちょっと痙攣したくらいにしか見えなかったかもしれない。
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