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その日の夜、私は自分の部屋の椅子に座りながら、スマートフォンを手に取っていた。部屋の電気も点けずに、画面の明かりだけが闇に浮かび上がる。仄暗い水の底に沈んだような私の心を照らしてくれるのは、スマートフォンの着信履歴に並んでいる、ひとつの名前。
いままでたくさんお話したなあ。楽しいことはとびきり楽しそうに、哀しいことはほんとうに哀しそうに、彼女は私に語りかけてくれた。私はほとんど相槌ばかりだったけれど、彼女と話しているとほんとうに嬉しかった。大切なこともくだらないことも、彼女はたくさん私に話してくれた。
「和泉」
なんとはなしに彼女の名前を呼んでみた。その呼び声はしかし、水底に沈む部屋の闇に溶け出して、誰に届くこともない。
私の心に根差した、真っ白な一輪の花。
枯らしてはだめ、と思った。この花を枯らしてはだめ。私の心に芽吹いた花を、大切な和泉との繋がりを司る花を、ぜったいに枯らしてはいけない。
でも、和泉はそれを拒絶した。私と一緒にこの花を育んでいくことを、彼女ははっきりと拒絶したのだ。もうこの花に水をあげられない。和泉の寵愛という水を失った花は、静かに私の心からなけなしの養分を搾り取って、叶わなかった私の愛の色に染まる。
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