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その正しく公平な世界のなかで、卒業式は粛々と執り行われた。和泉はたくさんの友人たちと言葉を掛け合い、卒業を祝い合っていた。私はその輪のなかに入らなかった。たびたび和泉がこちらを気にするそぶりを見せたが、私は応えないようにした。私の望むのは一時の慰め合いではない。和泉と一緒に永遠の自由を手に入れることなんだ。和泉、あなたならわかってくれるよね。これはあなたのためなんだよ。
そして、やはり両親は式に来なかった。それももうどうでもよかった。私という物語のなかで、句点の場所はもう決まっている。あとはそのときを待つだけだ。
式が終わったあとに向かった屋上で、私はオレンジ色に煌めく夕陽を見た。
鞄からスマートフォンを取り出し、画面に映った時刻を確認した。
「そろそろかな」
電話アプリを呼び出して、着信履歴にたくさん表示されている、ひとつの名前に触れる。しばらくのコール音のあとに、『もしもし』と電話口から声が聞こえた。
『小夜子? どうしたの?』
電話の向こうからでも、和泉は私の心臓に触れる声でささやいてくれる。
「……ううん、なんでもない。ちょっと声が聞きたくなっただけ。和泉、いまどこにいるの」
『そう? 小夜子から電話なんて珍しいね。部活の最後の集まりが終わっていま帰るとこ。このあと……待ち合わせがあるから』
「……うん」
私は視線を落とし、眼鏡を弄んだ。
何も知らなければよかった、と思った。知らない街の知らない空。すべてが他人事でできている世界。
「卒業おめでとう」
『うん、小夜子も卒業、おめでとう……小夜子、昨日はごめんね』
「どうして謝るの」
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