放たれる①

2/13
前へ
/19ページ
次へ
 彼女はいつもいつも、私の胸の奥の、とっても柔らかいところをくすぐる。彼女だけだった。こうやって温かく私を包み込んでくれるのは、ほかならぬ和泉だけだった。屈託なく笑う彼女を見ると、私は自分という存在がこの世界に許されているように思えた。  私は和泉を盗み見た。春の雨に濡れる桜の花びらのように、彼女の唇が夕陽を受けて明媚な光を放っていた。私はその唇を見つめながら、自分の唇に指先で触れた。その骨張った硬い指先とはちがうであろう、彼女の唇の感触を想像して、私の心はぎこちなく揺らめいた。 「……どうして自由が好きなの?」  私の問いに、和泉は両手を広げて応えた。 「だってそうじゃない? 自分の意思で自分の道を決める、一度しかない自分の人生なんだから。明日は卒業式、私たちがついに自由を手にする日だよ。職業選択の自由、宗教の自由……それから、恋愛の自由!」  彼女は両手を広げながら、机と机のあいだでくるくる回った。「自由って、素敵なことだよね」  レンアイ。私は彼女の口から放たれた言葉を舌の上で転がしてみた。私がその言葉を口にしたら、きっとレンコンの亜種のように聞こえるだろう。  そうだ、明日は卒業式だ。進学の関係で、和泉とは離ればなれになることが決まっている。私は家庭の事情で卒業後すぐに就職することになっているが、和泉は東京にある服飾の専門学校へ行くらしい。     
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加