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私はこれで充分だった。卒業式の前日、だれもいないふたりきりの教室で、私と和泉は笑い合っている。私にとってはそれだけでよかった。これもまた、私の人生を彩る思い出のひとつになっていくんだ。
でも――ひとつだけ願いが叶うなら、この時間が永遠に続けばいい。和泉と過ごすこの時間が、私のすべてになればいい。
和泉はどうかな。
私のささやかな願い、受け止めてくれるかな。
「そうだ、小夜子は? 小夜子の好きな言葉はなに?」
「わ、私? 私は……句点、かな」
「クテン?」
和泉は不思議そうに小首を傾げた。
「『まる』だよ、『まる』」
「『まる』……?」
彼女はそう言って、右手の人差し指と親指で輪っかをつくり、私の目の前に掲げた。
きれいな指。
「作文とかで使う、あのちっちゃな丸のこと?」
「そう」
「へえ!」彼女は心底驚いたようだった。「あんな丸のこと、好き嫌いで考えたことなかった」
ふつうはそうだろうな。やっぱり私はどこか異常なんだと思う。どこか歪んでいて、壊れていて、狂っている。
「なんで? なんで丸が好きなの?」
「それは……」私は逡巡した。「……制約だから、かな」
「セイヤク?」
彼女は異国の言葉でも聞いたように、私の言葉を繰り返した。
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