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「あ、ごめん……ちょっと無神経だったかな。事情はよく知らないけれど……小夜子、ほんとうは進学したいのに、就職するんだよね」
和泉は申し訳なさそうに目を伏せる。ううん、と私はかぶりを振った。そんなこと、和泉が謝ることではない。私の事情なんて、あなたは知らなくていい。だから、和泉、そんな顔はやめて。私なんかのために哀しまないで。太陽みたいに明るいあなたの笑顔を、私はずっと見ていたいの。
「でも、自由もいいかもしれない。自分で選び取って、自分で決めて生きていく。そこにあらかじめ決められた限界なんてないし、制約なんてない」
私はじっと和泉を見据えた。彼女はまだちんぷんかんぷんという様子で、呆けた表情で私を見つめている。桃色をした薄い唇のあいだから、並びのよい白い歯が垣間見える。
きれいな口。
私はその隙間に吸い込まれていきそうな、甘い眩暈を覚えた。自分の脈動が早くなるのを感じた。声が震え出す。
「ねえ和泉」
「ん?」
彼女は私を見つめながら、小首を傾げた。
「どうしたの、小夜子?」
私の唇はからからに乾いていた。酸みたいな味のするぬるい生唾を飲み込んだ。
制約から解き放たれる。そこにあるのは自由。
――自由って、素敵なことだよね。
それは和泉が教えてくれた。
「私ね、和泉のことが好きだよ」
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