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私は繰り返し言った。このまま卒業したくないという思いが、私にここまでさせたのかもしれない。後悔はなかった。私は自由になりたかったんだ。和泉みたいに、自分の言いたいことを言って、やりたいことをやって、伝えたい思いを伝えて――後悔はなかったはずなのに、私の感情に急に句点が穿たれたみたいに、それ以上言葉を発することができなくなっていた。
和泉は一歩後ろに退いた。そして、「ごめん」という一言。
私は視線を落として眼鏡を弄んだ。そのとき、私の心と和泉のいる世界とのあいだに、はっきりと境界線が描かれているのが見えた。
「あたし、付き合ってるひとがいるの」
「……そうだよね」
「すごい優しくて、いいひとで、頼りがいがあって、それで……男の子、で」
彼女は力なげにうつむいた。長い髪がはらはらと垂れ下がった。
きれいな髪。
艶やかな輝きを放つキャラメルブラウンの髪から、私は目が離せなくなった。いますぐ彼女のもとへ駆け寄って、きれいな髪の上から、優しく頭をかき抱いてあげたい――そして、いますぐぎざぎざに切り刻んで、和泉の泣く顔も見てみたい。どんな顔で泣くんだろう。きっと、泣き顔もきれいだろうなあ。
私の心の中のどこか深いところで、ぴちゃん、と雫がこぼれ落ちた音が聞こえた。
「あと、あたし、そういうの無理だから」
そう吐き捨てるように言うと、和泉は小走りに教室を去っていった。
私はその後ろ姿を、いつまでもいつまでも見つめていた。
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