桜の精

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アンダーザローズ、薔薇の下には秘密が埋まっている。 桜の木の下には死体が埋まっている。 美しいものの下には何かしらの秘密があると思うのは、古今東西、人間の普遍的な心理かもしれない。 それはあくまでもそう感じるというだけで、実際、薔薇や桜の下に埋まっているわけではない。 魔力を感じる美しさに、思わずそんな疑念を抱くというだけの話だ。 美弥(みや)だって、本気で桜の下に死体が埋まっているなどと思ったことはない。 だけど、この季節になるとそんなことを信じたくなる。 「来年も桜が咲くとき、ここで」 連絡先も告げずに言った美しい青年を思い出す。 そんなリップサービスを信じたわけじゃない。それなのに、わざわざ大学を休んでまで約束の場所にやってきた自分は、馬鹿なのかもしれない。 美弥は小さく溜息を吐いた。 気ままな一人旅行。どこで何をしても構わない。 もしかして彼にまた会えるかもしれないと、丘の上にぽつりと咲いた大きな桜の下にやってきたものの、現実はそんなに甘くはない。 当然、約束の場所に彼の姿はなかった。 霞んだ青空の元、薄紅色の花を見上げる。 花びらの隙間をぬって降り注ぐ陽光はどこまでも健全で、それが返って約束は幻だったのではないかと思わせた。 暫く桜の木の下に座って、暇つぶしに持ってきた小説を読んでいたけど、彼がこないことを悟り、美弥はその場を離れた。 都会の喧騒を離れ、田舎とまではいわないが、閑静な町にスーツケース片手に訪れたのだから、観光でもしよう。 来年には就職して、自由な時間は格段に減る。その前に学生特権の緩くて楽しい日々を満喫しておこう。 スマホ片手に、美弥は丘を下って町に繰り出した。
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