桜の精

3/10
前へ
/10ページ
次へ
一人観光を楽しみ、日が沈むころ、美弥は小ぢんまりとした旅館に戻った。 黄昏に染まる桜を見にあの丘に寄ってみたが、やはり青年の姿はなかった。 大学の講義を休んでまでこんな場所に来て馬鹿だった。 旅行一日目にして落胆する。 気ままな一人旅は、いつしか淋しいものに変わっていた。 そもそも一人旅なんて初めてだ。この辺りの観光地は巡ってしまったし、明日は何をしようかと逆に悩んでしまう始末だ。 旅館で美味しい料理を食べて、温泉に浸かって部屋に戻った美弥は、ふと思い立ったように浴衣を脱いで、お気に入りの白いワンピースに着替えた。 せっかくだから、あの丘に夜桜を見に行こう。 もしかすると、名前も知らない彼に会えるかもしれない。 淡い期待を胸に、美弥は旅館を出た。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加