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コンビニで買った缶チューハイを手に、美弥は緩やかな坂を登った。
丘のてっぺんの桜が闇夜に浮かんで見える。
青空のもとでみる桜は薄紅色をしているが、月の下で見る桜は白く見えた。
黒い宙に白い光が固まって浮かんでいるようだ。
それに誘われて木に近付く自分は、さながら蛾といったところか。
蝶だったらよかったのだけれど、とても自分で自分を蝶などと例える自信はない。
むしろ、蛾という言葉がしっくりくる。美弥は自嘲気味に笑った。
時間をかけて坂を登り切り、美弥はビニール袋に入った缶チューハイを開けた。
季節限定、桜味のチューハイだ。
一口飲むと、爽やかな炭酸が喉を焼いて心地良かった。
しかし、桜のフレーバーはいまいちだ。正直、ライムやカシスオレンジといった普通の味のお酒の方が美味しいと美弥は思う。
きっと、明るい場所で透明なグラスに注いで飲めば、鮮やかな桜色の美しさに味も格段に美味しく感じるのだろうが、暗闇の中、缶に直接口を付けてのんでいる分には微妙だ。
失敗したな。美弥は次の缶を開けるべく、桜味のお酒を一気に飲み干した。
二つ目の酒のプルトップに爪をかける。
開けようとした瞬間、背後に誰かの気配を感じた。
「夜桜を見ながらお酒なんておつだね」
透き通るような美しい声に誘われるように、美弥は背後を振り返る。
暗闇の中、ほんとにすぐ後ろに美しい青年が佇んでいた。
「ひゃあっ!」
自分でも驚くほど間抜けな声で叫んでしまった。絵本にでてきそうな叫び声だ。
「ごめんね、驚かせて」
クスクスと笑いながら美青年が美弥に謝る。
白?ルの頬、艶やかな黒髪、優しげな瞳。忘れはしない。彼こそ、去年友達と旅行に来た時にここで会った青年だ。
美弥にとって感動的な再開だった。
けれど、彼はまだ笑い続けている。不快ではなかったけど、美弥は態と唇を尖らせる。
「ねえ、笑い過ぎなんですけど。しょうがないでしょ、驚いたんだから」
「ああ、ごめんね。ほんと、ツボにはいっちゃって」
「酷いなあ、もう」
「ほら、怒らないで。せっかくまた会えたんだから」
青年の言葉に、美弥の心臓が跳び跳ねた。
彼が私のことを覚えてくれている。そのことが嬉しくて、自然と顔が綻ぶ。
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