9人が本棚に入れています
本棚に追加
満月の夜のお風呂は至福の一時だった。
元々湯船に長く浸かる事、シャンプーの香り、石鹸の香りが好きで風呂好きではあった。
ただ満月の夜ばかりは体を洗うというより心を洗う日になっていて、家族をさっさと先に風呂に入れさせて、後は私が風呂場を占領するのだった。
満月の夜だけは何がなんでも仕事を早く切り上げて帰った。終電まで働くなんてとんでもない。
理由は一つ、亡くなったはずのうさぎが私に逢いに来てくれるからだ。
半年程前、私の家の風呂場は大規模なリフォームを行った。両親がバリアフリーにしたいと言い出したのがきっかけだった。
元々風呂場は広めだった。今は手すりが増え段差がなくなり、浴室の床は水捌けが良くほんのり温かく感じられるものになった。シャワーやタッチパネルの機能も最新のものになり、テレビ画面がないことだけが残念だった。
…テレビ画面があると、父が湯船に浸かったまま寝てしまう可能性があるからだ。
リフォームが終わって最初の満月の夜の事だった。
仕事に疲れ果て、湯船に浸かりながらぐったりしていると、
「ぐぅ。」
という聞き慣れた音が聞こえた気がした。
うさぎが鼻を鳴らす時に出す音だ。
ついに幻聴まで聞こえるようになったか…疲れてるな、と目を閉じると、やはり「ぐぅ。ぐぅ。」という音が聞こえてきた。
私が驚いて目を見開くと、視界の端になにやら茶色い物体がいた。
湯船に浸かったまま横を向くと、浴室内のドアの前に、ちょこんとうさぎが座っていたのである。
ついに幻覚まで…と一瞬思ったが、それにしてもリアルすぎる。
やはりどう見ても、我が家の家族の一員だったうさぎのキラにしか見えない。
思い切って触って見ようかと思ったが、幻覚だったらそのまま消えて行ってしまうかもしれない。
せっかく姿形だけでも拝めたのだから、このままそっとしておく事にした。
「どうしたの、お水苦手でしょ。どうしてここに出て来たの。」
話しかけるくらいは良いだろう、思い切り息でも吹きかけたらマズイかもしれないが。
しかし相手はうさぎ、話せる訳が無い。うさぎは声帯がないので、先程から鼻を鳴らしているのだ。
とその時、時計が深夜0時を知らせた。
すると、あれほどリアルだったキラはスッと一瞬で消えてしまったのだった。
「へぁっ!?」
私は思わず変な声を出していた。
だって、会えたと思ったら、すぐ消えてしまうなんて。
最初のコメントを投稿しよう!