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不意に、肩を叩かれる。
いつも無口で大人しい係長が、酒臭い息を吐きながら、ものかなしく笑って言った。
「もういいんだ。君も飲もう」
もう、いいんだ。
花弁がほろほろと舞い落ちる。
もう中身がない紙コップの底に、花弁がひとつ、零れて貼りついた。
係長は、わたしの紙コップにお酒を注いでくれる。
どうん、どかあん、ばりばり。
遠くで不穏な音がしたようだが、入道雲のような桜の木に護られた、この花見公園の中だけは安全。
あらゆる災難から切り離されて、ここは時間の果てかもしれない。
終わらない宴会ならば、わたしも飲んで自分を捨てる他ないのだろうか。
一瞬、激しい葛藤が胸の中で沸き起こったが、結局わたしは諦めた。
紙コップに口をつけ、苦いお酒を飲み下した時、激しく湧き上がる不気味なきのこ雲のような桜の木が、ざわざわと風に揺れたようだった。
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