懐古

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 私は顔を上げませんでした。自分が怒っているのか、悲しんでいるのかよくわからず、足元がまるで柔らかなクッションを踏んでいるようにふわふわしました。  「あれを開ける時を言っておくよ。」  どうして今、そんな話をするのかわかりませんでした。ですが同時に、お前にあの箱を開けて良いと言ってやる機会はもう無いのだと言われたような気がして息が詰まりました。  「顔を上げてくれよ。」  彼は私の肩に手を置きました。  「君が開けたいときに開けてくれていいよ。ただし、中途半端な気持ちのときはだめだ。箱を開けるのは今しか無い。今開けるんだと強い気持ちを持ったとき。そのときに開けてくれ。」  私は彼の言葉の意味がわかりませんでした。開けたいとき?強い気持ち?なんだそれは。そんなことよりするべき話がが他にあるんじゃないのか。そういう意を含めて、私は彼の顔を見ました。彼は私に箱をくれた日と同じにやにや顔で笑っていました。  その表情を見たとき、私は自分の感情の名前を知ったのです。私は、寂しかったのです。これからも一緒にいられると考えていた彼がいなくなってしまうことが寂しくて、どうしようも無く悲しかったのです。    春休みが明ける前に彼は引っ越していきました。何でもその学校には寮があるそうで、在学中はずっとそこで暮らすそうでした。     
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