懐古

1/11
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

懐古

時が積み重なって記憶となったのか、記憶が重なったものが時なのだったか、私は時おり判断がつかなくなります。ですが、少なくとも私にはこれまで過ごしてきた七十八年間の記憶があり、それが構成されてきた時を思い出すことが出来る。これはいつでも確かなことでした。 私の書斎の机の上には、色々な物が置いてあります。表紙が皮でできた本や、パイプ。インク壺に、アジアの海を写した写真。それらは私にとっての道具であり、飾りであり、趣味の表現でした。そのなかには、私が幼い頃から大切にしている旧友のような存在のものもあれば、私に新しい風をもたらしてくれる新参ものもありました。つまり、そこに置いてある物一つ一つが、私にとって意味のある、特別なものだったのです。 その中でも、格別の思い出を持ったものがありました。それは、子どもの手のひらほどしか無い小さな箱でした。金銭的に価値があるのかと問われれば、そうではありません。価値どころか、青い塗装が所々剥げ落ち、蓋の金具が錆かかったそれは、少し寂れた印象すら醸しています。     
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!