58人が本棚に入れています
本棚に追加
少し満足そうに口角を上げて、彼女は白衣の内側に手を突っ込んだ。
出してきたものを唇の端に挿む。
「医者がタバコとかいいのかよ」
「電子煙草だからな」
彼女は軽く言って、そのタバコから煙は出さずにどこかと通話する。
「――真子、彼が起きた」
その名前にも馴染みはない。
状況がまったく理解できず、俺は彼女を睨むように見上げるばかりだった。
体に痛みはない。全身を打った覚えがあるが、治っているようだ。
俺は、やや大きなベッドに寝かされていた。頭を巡らせると台に乗った小さなテレビが目に入る。他にはサイドテーブルと丸椅子、病院の設備なのか何かの機械。他のベッドはない。個室のようだった。窓が遠く、外の様子は見えない。
入院も何度目になるだろう、それに、あの事故からどれくらい経ったのだろう。経験的には全治十数ヶ月とか、そんな感じがするが――
「なあ」
声をかけてみる。
「えっと――屋戸、さん?」
「梨香でいいよ。何か?」
薄い笑いとともにそう言われた。
「ここは、どこなんだ?」
俺の質問に梨香が答えるよりも先に、部屋のドアが開いた。
「私よりも適任が来たから、そっちに聞いてくれ」
最初のコメントを投稿しよう!