Happy Bath Time

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 本当に寝ていたのか、お母さんの声は眠たげだ。娘が旅行から帰ってきたのに、何の感動も驚きも表現しない。少しでもまとまった休みが出来る度に旅行へ行く私に、最初こそ帰ってくる度に「何も無かった?」「大丈夫?」「心配してたのよ」と声を掛けてくれたのに、今や、私がちょっとそこまで行って帰ってきた時と同じようなトーンで「おかえりなさい」と言うようになった。  でも、最近はかえってそれをありがたいと思うようになった私もいる。心配される度に小さな罪悪感が芽を出して、いじらしい子心を刺激するから。今の私にとって旅行は世知辛い世の中を生きていく上の唯一の楽しみで、もはや生活の一部になっている。せっかくの生きがいは、後ろめたいものが無く、クリーンな気持ちでやりたい。 「うん、ただいま。ねえ、お母さん。また、脚が動かないんだけど」  私はお決まりの台詞を言って、うんともすんとも言わない私の脚を指さした。直接言わなくても、お母さんはこの言葉の意味を分かってくれている。お母さんは、二階から顔を覗かせたまま、あの魔法の言葉を私の脚に向かって投げかけた。 「お風呂、沸いてるよ」    築二十年の我が家の風呂は、天井の小さな黒カビ以外は至って綺麗な状態に保たれている。お母さんの日々の努力と、年末、私がやる大掃除の賜物だと思う。私はこの家のお風呂が好きだ。窓が北向きと東向きの二カ所に付いていて、風通しが良い。道路に面していないから人目を気にする必要も無い。     
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