記憶

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告白の場所を桜の木の下に決めたのは、この花が私にとって大切な花だったからだ。 私の名付け親は、大好きな祖母だ。 「あなたが生まれた日、あの木には、それはそれは綺麗な桜の花が咲いていてたのよ」 ずっと前に名前の由来を聞いたとき、庭にある大きな桜の木を見つめながら暖かな笑顔でそう教えてくれた。 ―桜の花は、日本中どこにでも咲いているでしょう?あなたが生きている限り、どこにいても桜の木の神様に守られますように。そう願ってこの名前にしたの。どんなに辛い日々が続いたとしても、桜の咲く季節にはきっと幸せで満たされるわ― 祖母が亡くなったのは、冬の寒さが厳しくなり始めた頃だった。 「来年はお庭でお花見をしようね。私がおばあちゃんの大好きないなり寿司を作ってあげる」 床に伏せることの増えた祖母と交したその約束は、果たすことができなかった。高校生になった私を見てもらうこともできなかった。祖母のいない日々は、辛かった。だから私は、祖母の灰をほんの少しだけ桜の木に撒いた。 この桜が咲く頃には、幸せで満たされるように。 おばあちゃんが、私を見守ってくれるように。 そう願って。 祖母が亡くなって初めての春。 庭に綺麗な花が咲いた頃、私は郁人に恋をした。 郁人が私を好きじゃないことは、明らかだった。私は、彼をずっと見つめていた。見つめていたから、彼の視線の先にいる人が私じゃないことも、よく知っていた。 桜の神様が私の味方をしてくれれば。奇跡が起きてくれたら― だから、卒業式の日に郁人を桜の木の下に呼び出した。
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