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私はこの階段が昇れない。桜成寺のお堂に続く長い石段。両側に広がる芝生の斜面には桜が咲き乱れていて、陽光が優しく透き通るとても美しいこの階段が昇れない。
「菊里ちゃん? 菊里ちゃんだよね?」
その声のする方を見ると、一人の少年が立っていた。彼は確か、嘉納和人だ。
この街に来て一週間。ようやくクラスにも打ち解けてきたが、和人と話したのはこの日が初めてだった。
「菊里ちゃん、このお寺気になるの?」
「どうして?」
「いつも、見ているから」
ぎょっとした。確かに通学路が被るということは、そこそこ近くに住んでいるということなのであろうが、毎日見られていたとは。
「この階段、怖いよねえ」
のんびりとした口調に似合わない台詞。私は、和人の顔色を覗いた。その顔はとても優しくおっとりとしているのに、言葉の一つ一つがなぜだか重い。
「ここってさ、日当たりがよくて、この桜の下が斜面じゃなかったらお花見したいくらい綺麗な場所だよね。でも、この急な階段と両側に並ぶお地蔵さんを見てると、何となく怖いんだ」
確かに、この階段の角度と両側に五体ずつ並んだ大小の異なる地蔵は、恐怖心をそそるものかもしれない。地蔵はその場所の霊を鎮めてくれるもの。しかし逆に言えば、かつてそこには地蔵を造らなければいけないほどの悪霊がいたということなのだ。
「さあ、学校へ行こう。遅れちゃうよ」
和人は私を追い抜いて前を歩き始めた。私も和人の背中を追いかけた。
空は藤色の夕暮れ時。また、目の前にあの階段が見えた。
今まで漠然とした怖さを感じていたが、和人はそれを言葉にした。急な階段と、十体の地蔵。きっと、私の怖さもここから来るのだ。
――本当に?
身体の芯から声がする。何か、違和感を覚える。私の感じる怖さは、別のところから来ると言うのだろうか?
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