0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「菊里ちゃん」
ビクッと肩が振れる。朝のデジャヴだ。彼の透き通りそうなほど白い指先が、私の手を握った。
「ねえ、この階段、登ってみない?」
「え?」
突拍子もない。今まで一言だって話したことがなかったのに、なぜ。しかし和人は気に止めていないようで、その横顔にはうっすらと笑顔が浮かんでいた。
「俺、ずっと思ってたんだ。この階段の先に、何かあるんじゃないかって」
「……何かって、お寺、でしょ?」
和人は困ったように眉をハの字にした。そうじゃない、と言いたげだ。しかし、和人の口から出たのは違う台詞だった。
「ねえ、菊里ちゃんも怖いんでしょ? 一緒に昇ってみようよ。俺、菊里ちゃんとならわかる気がする」
よくよく考えればわかる気がするという言葉の意味がわからない。恐怖心の原因はわかってる。この階段の上に何があるのかもわかってる。そもそも、何がわかっていないのかがわからない。
しかし、私にはそんなことを考えている余裕はなかった。いきなり悪寒を覚え、身震いをする。和人の瞳を見れば見るほど底知れぬ不安を感じた。
そうこう考えているうちに、和人は階段を昇り始めた。首筋を虫が這うような胸騒ぎは収まらない。私は慌てて和人を追った。
階段を上がれば上がるほど嫌な予感が増す。日は傾いて、先ほどの藤色はすっかりネイビーブルーだ。
何かがザワッ、と音を立てた。私は思わず「ひっ」と声を上げてそちらの方を見る。ただの植え込み。鳥でもいたのだろうか。
先へ進もうとすると、今度は華奢な背中に阻まれた。前を進んでいたはずの和人が、立ち止まっている。私は「和人?」と呼んでチラリと前を覗き込んだ。
十数段上に、何かがぼんやりと佇んでいる。それが何なのか、一瞬わからなかった。しかし目を凝らしてそれが何かを知ったとき、思わずぎょっとした。
地蔵だ。笠をかぶり、錫杖を手にした地蔵が一体、目の前にいる。
最初のコメントを投稿しよう!