第1章

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 まるで水仙の葉のように弧を描いた無数の腕が揺れている。それは、手招きするでもなくただ監視するように地面から伸びている。とても白く、細く、小さな――  小さな?  ドドオッという地響き。桜。降り注ぐ。悲鳴。脳裏で、瞬く。 「……あ……あ…………」 彼が悲しそうに言う。 「思い出した? 菊里ちゃん」  それは、いつのことだったか。二百年前か、三百年前か。ここがまだ小さな村だった頃、私はここにいた。その村含め辺り一帯では、とある風習があった。七つ送りという風習だ。  子が七つになる年の四月に、この寺の階段からその子を突き落とす。四段転がり、頭から真っ赤な血が流れれば成功だ。チャンスは一度だけ。どの家庭も階段から突き落とすという性質上、自然と人がいない時を狙って行っていた。  その風習は、いつから始まったか定かではない。もう、何が目的かも忘れた。  ある年、例に見ないほど多くの子どもが生まれた年があった。そしてその子どもらが七つになる年、大人たちは頭を抱えた。これは恐らく、それを行う日が被ってしまう家庭があるだろう。例年では誰がどの日に行うか、タイミングは各家庭に任せていたため、誰がいつ七つ送りを行うか把握は困難だ。そこで一つの提案がなされた。各家庭で行っていたこの風習を、同じ日に合同で行ってはどうか、と。 どうせ被るならいつやったって同じだ。合同で行えばいちいち余所を気にしないで済む。ちらりと異論もあったが、最終的にその方向でまとまった。  四月十日。桜も満開のその日は、小雨が降っていた。  雨の可能性は考えていなかった。また日を改めるのは面倒くさい。大雨というわけでもない。決行しても問題ない。  大人たちは、予定通り寺に子どもらを集めた。八十人ほどいただろうか。一人一人、最上段から落としていく。 起き上がった子どもは、石段を降りていった。雨が強くなる。その度に子どもは階段を降りるのに慎重になった。
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