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薄暗い天井が目に入る。
目を開けた私は隣にいる彼を見た。彼は私を見て、優しくにっこりと微笑む。そう、私はこの穏やかな彼の笑顔が大好きだった。
すべてを肯定してくれるような優しい笑み。そんな彼の表情につられて、私も優しい気持ちにさせられる。
今この瞬間はまるで世界に私達二人しかいないかのようで、とても幸せに感じられる。
でも彼の優しい瞳に映っているのは、私ではないような気がしていた。
薄々気づいていたけれど、きっと認めたくなかったんだろうと思う。認めてしまったら、きっとこの腕の中にいられなくなってしまうから。
「どうしたの?」
隣に寝ている彼が私の髪を触りながら問いかける。
「ううん、なんでもない」
本当はなんでもないことなんて、なかったけど……それを口にするのが怖かった。もしこれを口にしてしまったら、すべての魔法が解けてしまう気がして。
私は何事もなかったように、彼の腕の中で丸くなり布団に潜った。彼の生暖かい肌を肌で感じ、細い手が私の髪を何度も撫でる。
私は瞳を閉じて、ただ彼の肌を感じた。この感触だけが今この時が確かであることを実感させてくれるから。
いつからだろう、彼に本音が言えなくなってしまったのは。
いつからだろう、彼を友人として見れなくなってしまったのは。
* * *
なんて丁度いい感じなんだろう……。
小麦千夜子(こむぎちよこ)は彼と話しながら、そんなことを考えていた。
お酒が少なくなったグラスを見て、彼、草加継生(くさかけいき)は店員に向かって手をあげている。
「千夜子さん、なに呑みます?」
少し朱色に染まった顔ではにかみながら、継生は千夜子に聞いた。
「あ、えっと……じゃあ、ファジーネーブルで」
「え~! 可愛いの飲むんですね!」
そう言いながら継生は自分の分のビールと千夜子のカクテルを注文する。
そんな何気ない台詞にもいやらしさがなく、私はそんなところに居心地の良さを感じていた。
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