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「可笑しな話ですね。余所から来たあなたの方が、頭領と呼ばれる私より里に詳しいのですから」
──奥歯が、痛む。
だが、俺の歯噛み等何になろうか。
「──陽様が大層お気に召しておりました桜の木は毎年美しく花をつけ、近くの小川の小鮒はいつも変わらず水を撥ねさせ泳いでおります。里は、陽様の知っておられる里と何ら変わりはございませぬ。……案外、がっかりなされるかもしれませぬ」
「ふふっ」
「どうなされました?」
「いえ……今日はよくお話ししてくれますね」
「──……」
俺はふと気恥ずかしくなって、動かす手を早めた。
「気に障りましたか? すみません」
「いえ……」
そして、静寂。本当に全ての音が雪に吸い込まれてしまったのかの様に、静かだ。
互いの息遣いさえあやふやな程──。
「──薬が出来ました。今宵はこれを飲んでいただき、ごゆるりとお休みくださいませ」
「……いつもありがとうございます、兎……」
いつになれば、と問われれば──。
もう暫くの辛抱なれば──と。
俺は、拳に力を込めずにはいられなかった。
もう暫く。
陽様も、俺も──。
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