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三、兎
明けて早朝、出立の刻。
長老たちは館の庭先で神妙な面持ちを並べ、俺と狐を送り出した。
数多の任務をこなしてきた狐でもこんな事は初めてだと言い、荘厳な山の空気に似合った雰囲気の出立となった。
しかし、狐にそんな時間が長続きする筈もなく、背後に里が見えなくなる頃にはいつの間にか拾っていた枯れ枝を頭の後ろでぶらぶらさせて遊んでいる。
「しっかし大袈裟だよな。草引っ込抜いてくるだけの事によ」
「戦闘になるやもしれんぞ」
「それだっていつもの事。ちゃっちゃっちゃってなもんだ」
手にしていた枝を刀に見立てて、空を切っては、にやりと笑う。──まるっきり童だ。
しかし、寒さ厳しい山道を歩くにはこういう奴と一緒の方が気は紛れて良いのかもしれない。
──しばらく何事もないまま、上り下りを繰り返す。
賑やかだった狐もまさか疲れたというわけでもあるまいが、口を閉ざして久しい。
人の気配はおろか、獣の気配も辺りには無く、ただ二つの足跡が刻まれていく音のみが響く。
──その静寂を、狐の忠告が破る。
「そろそろ西の縄張りに入るぞ。……敵の気配は無いけど、一応、な」
──警戒はしておけという事か。
俺は、懐にある草刈り鎌を確認する。
再びまた静かな時間が続き、日が少し高くなってきた頃には俺たちは目的の山頂の山裾に立っていた。
「──もう少しだ」
山頂に目を遣り、行く先を示す。
「ここの山頂か。何も無く終わりそうだな。──少し物足りなかったけど、まぁいいか」
狐は躰を伸ばし、大欠伸を一つ。
……緊張感の欠片もないこの女が、一度戦闘になるや他里に名前の通る強者となるというのだから、分からないものだ。
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