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「──なんで持ってんの」
「いつでもプロポーズ受けれるように。さ、どうぞ」
ボールペンを用意してある、しかも青色インクのだ。この用意周到さ、本気だな。
結婚する気に嘘はない。なんかドタバタの成り行きで書いてしまうようだが、これはこれでいいか。
何十年か先に、二人で縁側に座りながら、あの時は大変だったねぇ、なんて話すんだろうな。そして恵二郎と実家の仕事のことは騙されたわなんて……。
記入するつもりの手が止まった。
「どうしたの」
美恵が僕の様子をうかがう。明るくなった表情がまた曇ってきた。
いきおいのせいで忘れていた、恵二郎と実家の事を話さなくては。
「……もう少し待ってくれないか」
僕は絞り出すように答える。
美恵の曇っていた顔がさらに曇ってきた。そしてまたぽろぽろと涙をこぼしはじめ、つづいてどしゃ降りのように流れはじめる。
「やっぱり結婚する気ないんだぁぁぁぁ」
やばい、まだ美恵のスイッチが切れてなかった。
つきあう事を蓮池さんに話した時、美恵のトリセツというか注意事項を教えてもらった。
美恵は思い込みやすいタチではあるが、特定の条件では思い込み過ぎてまるで人格が変わったみたいになるという。そしてその特定の条件がマンガや小説にのめり込むことだった。
「やっぱり結婚していてあの人は奥さんで、あたしは愛人なんだぁ、妻とは必ず離婚するからといって結婚をずるずると先延ばしして若くてキレイなあたしの身体を弄んで飽きたら棄てるんだぁ」
──どんな小説を読んでいたんだ、不倫の果ての悲恋物か。
「棄てられたあたしは整形手術して別人になって復讐してやる、お手伝いさんとして家に入りこんで息子をたぶらかして堕落させて家庭崩壊させてやるんだから」
あ、二段構えのストーリーなのか。そういうの読んでたんだな。
だんだんと鬱々としてきた美恵を見てもう言葉では伝わらないと感じた僕は、イスから立ち上がり、泣いている美恵に近寄り抱き締める。
「やめてよ」
イヤイヤする頭を両手で掴んで無理やりキスをした。強引な方法だが、まずはスイッチを切ってやろう。
最初は嫌がっていた美恵だが、おとなしくなり、キスに応えてくる。
いいか美恵、僕がどれだけ愛しているか、今から思いっきり身体で伝えてやる。
美恵を抱き抱え、ベッドルームに連れていき脱がそうとしてはたと困った。
この裸柄の全身タイツ、どうやって脱がすんだ。
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