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01:変動的不等辺三角形はじまる メグミ編
クリスマスというのは別に祝日ではない。なので社会人で勤め人である僕は出社しなくてはならない。
昨夜の八時から今朝の八時までの出来事は、たぶん一生忘れられないだろう。
駅西のバスターミナルから西行きのバスに乗り、終点で降りると歩いて会社まで向かう。
昭和の頃からあるのこぎり屋根の工場に新設のビルが併設されているのが勤め先、株式会社ナチュラールである。
高度成長期に創設された、自然織物株式会社が前身で、ミレニアムを機に代替わりして社名も変更したという歴史がある。
「おはようございます班長、昨夜はどうでした」
聴き慣れた声が背後から挨拶してくれる。
「おはよう蓮池さん、昨夜はね……忘れられない夜になったよ……」
「ええ! ……ということは、……プロポーズしたんですか……」
周りの社員に聴こえないように声をひそめて確認されるが、こちらも確認したい。
「なんで知ってるの」
「美恵から聞きました」
「もう話したのか、今朝の話しだっていうのに」
「んん? 昨夜じゃないんですか? 一昨日くらいに美恵からイブの夜にプロポーズされるかもしれないって話してたんですけど」
──墓穴を掘った気がする。
おそらく僕はしまったという顔をしたのだろう、その表情を見逃す蓮池さんではなかった。
彼女は僕が入社した次の年に入社してきて、教育係を担当してからの縁である。四六時中一緒にいたから僕の一挙手一投足で心情を読み取ることが出来るまでの域に達している。
「なんかあったんですね、昨夜は」
「い、いや、別に」
「ベタに動揺しましたねぇ、昼休みが楽しみだなぁ」
やばい、休み時間に根掘り葉掘り聞くつもりだ。昨夜のドタバタを話したくはない、なんとか逃げなくては。
小悪魔のようににやにやしながら更衣室に行く蓮池さんを見送り、自分の部署に向かう。営業課の班のひとつを任されて一年になる。成り行きで就職した会社であるが、五年もいれば愛着も湧くし仕事も面白くなってくる。ましてや来年度からプロジェクトを任されるのだ、当分辞めるつもりはない。
そう考えればプロポーズが来年まで延びるのは悪いことではないなと思いなおすことができた。うん、今は仕事に専念しよう。
気を取り直し席に着くと、班のメンバーが次々とやってくる。ベテランの冨田さん、体育会系で蓮池さんの同期の玉野くん、新入社員の北今くん、そして蓮池さんが僕の班のメンバーだ。
それぞれに担当の得意先まわりに出かけるのを見送り、残った僕と蓮池さんは事務仕事にせいをだす。
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