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先走る裸エプロン
「へぇ、どんな思い出」
まさか昔の彼氏とか言うんじゃないだろうな。
「前にも話したけど、あたしが中学の時に両親を交通事故で亡くしてね、社会人になってたお兄ちゃんに生活を支えてもらったんだ。でもやっぱりおカネが無くてね、クリスマスはお兄ちゃんがこれを作ってくれたの」
元彼ではなかったが思ったより重い話だった。しみじみとしながら食べる美恵を見ると、なおさら残すわけにはいかないなと無理して完食する。
食べ終わった皿を洗う美恵の後ろ姿を見ながら、話すのは今だと思うのだが、やはり躊躇する。
美恵の性格ならたぶん受け入れてくれるだろう、その確率は高い。だがしかしである、もし万が一、万が一、それに関してはアレルギー、拒否反応があったらそこで終わるかもしれない、終わらなくてもぎくしゃくする関係になるかもしれないのだ。そうなれば結婚どころではない。
ここまで考えて僕は自分に驚いた、美恵との結婚を本気で考えていることを実感したからだ。
手放したくない、離れたくない。
今までつきあった相手にそこまで感じたことはなかった。なんとなくつきあって、向こうからの想いを受けとめるという感じだった。だから離れていってもそれほど気にならなかったが、美恵にはそんな感じにならなかった。いや、なりたくないのだ。
しかし言わないと、いつか分かった時、隠していた騙していたと思われてしまう。それは避けたい。僕は美恵に対して誠実でいたいのだ。
──やはり言おう。
覚悟を決めて、美恵に向かって声をかける。
「あのさ美恵、ちょっと話があるんだ」
「なに」
洗い終わりエプロンで手を拭きながらこちらに振り返る美恵に、言葉を続ける。
「今日あったアイツね……妹じゃないんだ……」
「え、じゃあお姉さんなの」
「いや、ちがう」
ある意味オネエさんではあるが。
「え、でも似てるから家族のひとりだよね」
「そうなんだ……、つまりその……」
「つまり?」
「アイツは……」
「奥さんなのね、そうなのね!!」
はいぃぃぃ?! ちょっと待て、どうしてそういう発想になった、予想の右斜め四十五度にズレてるぞ、どうしてそう考えた!?
まさか!?
ダイニングの隣の部屋であるリビングに目を向ける。テレビ、テーブル、ソファ……にあったぁぁぁ、読みかけの本だぁぁぁ!!!!
タイトルまでは読めないが間違いない、僕が帰るまであの本を読んでいたな、そしておそらくまた感情移入して登場人物になりきっているんだ。このタイミングで。
──絶妙のタイミングだな……。
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