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  軽トラックの荷台に積まれた埃まみれの大きなコンテナボックスに、貴也のキャリーバッグを軽々と詰め込んで、男は車に乗り込んだ。その後を追うように、貴也も助手席へと乗り込む。 「あのさ、貴也さん。お昼食べてから帰ろう。俺いまめちゃくちゃ動揺してるから、このまま運転して帰るのは危険すぎる。たくさん話したいこともあるし、市朗さんにはメールしておくから」  早口でそうまくし立てて、男は車のエンジンを掛けた。 「この近くにランチのおいしい喫茶店があるんだ」 「いいよ、俺も腹減ってる。……それに、どうして(たける)がここにいるのか、わからないことだらけだし」  貴也の言葉に、沈黙が続く。気になって男の顔を伺うと、困惑したような、何とも言えない表情を浮かべていた。 「……名前、憶えててくれたんだ」  まっすぐに前を向いたまま、健がつぶやいた。 「忘れないよ」 「俺も貴也さんのこと、一瞬だって忘れたことなかったよ」 「……」 「遠嶋健(とおじまたける)。俺のフルネームね」   やけに明るい口調でそう言ってから、健はゆっくりと車を発進させた。市街地から遠く離れた空港からの景色は、幹線道路の脇にぽつりぽつりと立つ商店やアパートが見えるだけだ。左手にはどこまでも青い海がきらめいている。 「びっくりするくらい何にもないでしょう?」  健が笑いながら言った。 「リゾートに来たみたいな気分だな」 「俺もこっちは久しぶりに来たんだ。海を見ながらドライブなんて最高だね」  嬉しそうに声を弾ませる健に、「ああ」と頷く。 「しかも隣に貴也さんがいる。やっぱりまだ夢のなかにいるみたいだ」  夢のなかにいる心地なのは、貴也も同じだった。目が覚めるような紺碧を見つめながら、貴也の意識は次第に四年前のあの日へと遡って行った。
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