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 地下鉄を降りて大通りへ出ると、夜の繁華街は気怠い熱気とむせ返るような排気ガスの臭いに包まれていた。軒並ぶデパートや商業ビルをくぐり抜け、瀟洒なカフェやブティックが並ぶ裏通りへと向かう。  その日は日曜日で、貴也は福岡本社のイベントスタッフとして勤務していた。貴也の勤める電機メーカーはここ最近キッチン家電に力を入れていて、年に一度、 飲食店などが出店する市場を開く。自社製品のプロモーションが目的ではあるが、自家製やオーガニックにこだわった地元の人気店が出店するとあって、若い女性や親子連れに人気の一大イベントに成長していた。  そもそもこのイベントは、貴也が新人時代に企画したものだった。頭の固い上司達を説得してナチュラル志向のイベントに仕立て上げ、 地元の商店との交渉に奔走した。そんなこともあって、東京勤務となった今でも、イベント開催時には本社から呼び出されるのが定例となっている。  後片付けを終え、退社したのが夜七時を過ぎた頃だった。大学時代、そして就職して初めの三年間を過ごしたこの街の空気を、貴也はこよなく愛している。生ぬるく湿った風や、立ち並ぶ屋台の匂い。人々の明るい笑顔、大きな話し声。開放的な空気は、いつ訪れてもまるで東南アジアの街を歩いているような錯覚を覚えた。  翌日が代休なので、一泊してから帰京することにしていた。この街の定宿は、裏通りに佇む小さなホテルだ。手頃な値段だが、ヨーロッパのプチホテルのように落ち着いた雰囲気が気に入っている。  入り口のドアを開け、フロントに入ると、大きなボストンバッグを抱えた先客がチェックインの手続きをしていた。小さな頭と細長い体躯、明るく染めた少し長めの無造作な髪から、二十歳前後の若者だと推測する。
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