9人が本棚に入れています
本棚に追加
沈黙
「ミイコっ……なあ、待てってば」
上野公園にある有名なお花見スポット。桜の木の下でサトシはミイコの細い腕を掴んだ。
振り返らずにミイコは、前を向いたままで立ち止まる。
サトシはミイコの隣に並びミイコの手を握った。
去年、花見にきたことを昨日のように思い出す。
あの日は風が吹いて桜の花びらも舞い散り、すごく寒かった。
「ミイコ、今年は去年よりあったかいな」
ミイコは、まだ怒っているのか黙って歩いている。
繋いだ手の指は、細く華奢で……少し冷たい。
「そうだ!ランチはミイコの好きなもの食べよう。なっ、そうしよう」
サトシは、ミイコの機嫌をなおそうと必死になってミイコに話しかけた。
2人の向かい側から歩いてきた親子がいた。
楽しそうに笑って母親と手を繋いでいた女の子が、通りすがりにサトシの方を見て笑顔を曇らせた。
女の子はサトシの横を通り過ぎた後も、必死にミイコのご機嫌を取るサトシを振り返ってみていた。
そして、女の子は母親の手を引っ張って不思議そうに尋ねた。
「ねえ、ママー。どうして、あの男の人は、一人でしゃべってるの?」
母親は、女の子が見ている方を眺め怪訝な表情を見せた。
「一人でしゃべってる?どの人?」
上野公園には花見客が大勢来ており賑わっている。
「ほおら、あの人だよー」
ぐいぐい母親の手を引っ張る女の子。
「あそこにいるでしょ、ほらー、頭を怪我してる人だよー」
女の子は、サトシの方を指さして母親に示した。
「頭に怪我?そんな人が花見に来るのかしら…」
「来てるよ、怪我してるのに。あの人、痛くないのかな?頭からあんなに血が出てるのに…」
母親には、娘の言っている人が全く見当たらなかった。
最初のコメントを投稿しよう!