第一話 神崎若葉 キグジョ誕生!

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 マユとたまちゃんは、互いに顔を見合わせて笑顔になる。  そして、マユが重くなりかけた空気を変えるような高い声を出したのだった。   「あはっ! じゃあ、お蕎麦食べよっか! 早くしないと伸びちゃうしね!」  なんだか彼女に敗北したような気がして、負け惜しみのツッコミをいれる。 「ふんっ! ざる蕎麦は伸びないもん!」  だが、それもマユには織り込み済みだったようだ。 「まあ、細かいことはいいじゃない!」  さらりと受け流した彼女は「ズズズッ!」と、豪快な音を立てながら蕎麦をすすり始めた。  むくれた顔をしたまま、私もお蕎麦をすする。  ズズッ。  どんな心持ちであっても『おっぺ川』のお蕎麦は美味しい。   「うん、おいしい! おいしいよーっ! 悔しいくらいにおいしいのよーっ!!」  心の中のもやもやを振り払うように叫び、勢いよくお蕎麦をすする。    ズズズズーッ!   「やってやるわ! やればいいんでしょ! りゅっしーでも何でもやってやるわよ!」  ふっきれると不思議なもので、むくむくとやる気が胸の内に湧きあがってきた。  まだ完全に納得した訳ではないし、今でも私の本当にやりたいアルバイトではないと思っている。  けれど、どうしようもなくワクワクしている自分がいるのも確かだ。  自然と頬が紅潮し、瞳に強い光がともっていった。  そんな私を見て安心したのか、二人は小さくため息をついて、お蕎麦をすすり出す。  そしていつも通りの軽口が、マユの口から出てきたのだった。 「それにしても若葉のダンスは相変わらずヘンテコだったわねー」 「ふーんだ! マユには芸術というものが分かってないようね! 子どもたちに大受けするってことは、芸術的って証拠なんだから!」 「はいはい、そうだねー」 「もう、バカにして! だったらマユが躍ってみせてよ!」  私とマユのテンポのよいかけあいに、目を細めるたまちゃん。  これもいつも通りの光景だ。  そして、こういうなんでもない時に限って、彼女が『爆弾発言』を放り込んでくるのも、いつも通りだった――
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