歯医者にて

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歯医者にて

目の前にニンジン、ならぬ無影灯がぶら下がっている。 歯医者だ。三か月に一度の定期健診と歯石取りのために来ているのである。 そして正面モニターに田園風景が流れている。 わたしは180度リクライニングできる椅子に腰をかけ、それを複雑な気持ちで眺めている。 正直言って歯科は嫌いである。あの脊髄をえぐるような切削音が耐え難い。脳髄や魂だけでなく、わたしという人間の存在理由そのものが削り取られる気がする。だって、拒否権が一切認められないのだ。身震いすら許されない。微動は死を意味する。 意思表明はできる。しかし、片手をあげたところで「はーい。もう少し頑張ってくださいね~」という甘い女声が返ってくるだけだ。 施術室の席上において、歯医者の絶対王権が君臨する。 そういうアンシャンレジームが歯がゆい。王政復古の時は刻々と迫っている。 高潮する緊張感を牧歌的な映像がぶち壊しにしている。 なんとも場違いなドタバタ劇。 農夫が逃げ出したウサギとニワトリを追っているのだ。両者は飼い主に追い詰められ背水の陣である。 しかし、ニワトリは羽ばたいて逃げ、ウサギが草花にしがみついて足をバタバタしている。 彼の境遇にわたしはとても共感した。     
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