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 走馬灯を見た。  その全てに彼女がいて。髪を揺らし、眉を下げ、振り向き、何かを呟いて、幸せそうに微笑んだ。  遠藤悠真は、路肩に停めた車内で大きく息を吐いた。部長からの電話を切ると、額に浮かぶ冷や汗を手で拭う。指先が頼りなく震える。会社の制服のポケットからハンカチを出すと、改めて汗を吸わせた。  車内から透ける景色は眩しい。よく晴れた空の下、時折車が脇を通り過ぎていく。普段と変わらない、静かな昼下がり。  行年四十五歳。天国(あまくに)聖子が亡くなった。  彼女は姉のように気さくで、母親に似た眼差しでこちらを見る、気の置けない後輩だ。四ヶ月前に結婚式を挙げており、最近妻になった。  悠真は彼女が好きだ。  永遠の片想いで、結果は出ないけれど。  落ち着け、と自分に言い聞かせた。ついにこの時が来たのだ。  意を決し、悠真はハンドルを握る。彼女と約束を果たすため。気力を振り絞り、車を走らせた。  故人、天国聖子。  葬儀担当責任者、遠藤悠真。  ――遠藤くん、よろしく頼むわね。  耳元で、よく通る声が響く。
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