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娘はそのままお風呂が大好きな子に育った。気に入らないことがあって膨れっ面しているときも、一緒にお風呂に入り娘の好きな歌を歌ってやると、つられて一緒に歌い初めて、あがる頃には機嫌が良くなっていた。好きな子ができたと告白してくれたのもお風呂の中だった。
湯船につかると気持ちまでほぐれるのか娘は饒舌になり、楽しかったことや嫌だったことを沢山話してくれた。時には涙を流しながら「お母さん、あのね」と、悩みを打ち明けてくれたりもした。普段言えないような深い話も、湯船の中だと不思議と話すことができた。
最後に一緒に入ったのはいつだったのだろう。思い出しながら私は湯船にお湯を溜める。
いつの間にか娘は大人になり、春から就職して会社の寮になっているアパートでひとり暮しを始めた。
小さなユニットバスの自宅では湯船にお湯を溜めることがないからゆっくりお風呂に入りたい、湯船につかるのは何ヵ月ぶりだろうと、私が作った夕食を食べながら娘が言った。
新人研修が終わり、初めての出張に行くから必要な荷物を取りに来ると言って帰ってきた娘は、就職してから初めて今晩我が家に泊まって帰る。
娘を一番風呂に入れてやろうと溜めたお湯の温度は慎重に調節した。ゆっくり、気持ちよくつからせてやりたい。
夕食のあと、「お風呂頂きます」と他人行儀に娘が言い、笑いながら私と夫はそれに答えた。
娘が買ってきてくれた茶菓子を夫と食べるために熱いお茶を淹れる。
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