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着替えとバスタオルを用意し脱衣所に置きに行くと、何か様子がおかしいと私は思う。
音をたてないようそっと風呂場に近づき、耳を澄ませる。
鼻をすする音。はぁー、というため息。こらえきれない微かな嗚咽。
泣いている。
娘は湯船に浸かり、しくしくと、静かに泣いていた。
手でお湯をすくい顔を濡らしているのか、時々お湯の滴る音が聴こえる。
「どうした」
夫が背後で言い、私は慌てて夫を止める。シッと唇にひとさし指をたて、夫とともに居間に戻る。
「なんでもないのよ」
何があったのだろう。新人研修で嫌な思いをしたのか、これから行く出張が不安なのか、それとも恋愛がうまくいっていないのか。心配でたまらない。
娘と一緒に湯船につかり、娘の好きな歌を歌い、大丈夫だよと髪を洗ってやりたい。
「なんでもないの」
私は自分に言い聞かせるように言い、娘がお風呂からあがっても平静を装った。
娘はもう泣いておらず、いつもの娘だった。
私は何も聞かないでおこうと決める。本当に困っていたら娘から話してくれるだろう。娘の中にたまっていた何かが、お風呂に流れてしまっていればいい。
そう願った。
翌朝娘を見送ると、「お父さん、お母さん、仲良くするんだよ」と一人前のことを言って娘は元気に笑って出発した。
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