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4.プリズム滲んで
味噌汁にパンの耳事件から数日。あの日から何となく互いの距離が縮まったように感じるのは、出来れば気のせいだと思いたい。
(いや、気のせいだろ。うん。)
毎朝笑顔でいってらっしゃいを言う縫山に、俺は照れ臭い想いで黙ったまま家を出る。そして帰宅すれば、必ずおかえりの言葉で迎えられるのだ。ほら、独り暮らしに慣れた人間は、おかえりの声があるとほっとすると言うじゃないか。そう、それなのだ。疲れた身体で帰り着いた部屋には、おかえりを言ってくれる誰かがいる。
その事が単純に嬉しかった俺はその日の夜、部屋の明かりを点けながら返事をした。
「ただいま」
それは自然と零れ出た言葉だった。気が緩んでいたのかもしれない。俺のただいまの一言に、縫山はぽかんと口を開けてこちらを見たまま、何故か微動だにしなくなってしまった。
「なんだ、どうしたんだ縫山。壊れたか?」
何となく心配になって縫山の前に膝を突き、その顔を覗き込む。縫山は全く動かない、それどころか、瞬きすらしなくなってしまった。こんこん、と額をノックしてみると、その瞬間、がばっと伸ばされた両の腕に掴まり、渾身の力で抱きしめられた。
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