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「……麸か?この家に無かったろこんなもん。わざわざ買って来たのか?」
「いえ、お麸ではないですね」
そう言って首を横に振る縫山を横目に、俺は柔らかい物体を箸で掬い口に入れた。その瞬間、俺は思わずむせかえってしまう。充分な確認も取らずに口にしたことを後悔した。ふにゃふにゃに溶けた物体は確かに麩ではないが、何処かで食べたことがあるような気もする。
「大丈夫ですか、倉持くん」
「っげほ、ごほっ!お、お前これ……!」
「パンの耳です」
絶句した。
「不味いですか?」
「……不思議と食べられなくもない」
ぼそり、と呟きながら汁をすすると、縫山の顔がぱあっと晴れ渡る。何とも分かりやすい男だ。
「ちょっと待て、勘違いすんな。美味いとは言ってないからな」
「またまた、ご冗談を」
「お前はどこまでポジティブなんだよ」
そんな憎まれ口を叩きながらも、縫山の気遣いが嬉しかったのは事実だ。懐かしきお袋の味、には程遠いけれど、久方ぶりに他人の温かさに触れた気がした。
味噌汁の件は嬉しいが、ただ縫山は調子に乗って米を五合も炊いていやがった。という訳で、結局は差し引きゼロということにしておこう。
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