第一章 桜散る、春

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「まーまぁー、これすごいー?」 舌足らずの、小さな子供の声が聞こえた。 砂場の方に視線を向けると、小さな女の子が泥団子を作って遊んでいた。その側で、まだ若そうなお父さんとお母さんが、柔らかい微笑みを浮かべて見つめている。 「……やっぱり」 静かに呟いて、背広のポケットから一枚の写真を取り出すパパに、私は咄嗟に目を反らす。それが何の写真なのか、わかったから。 「持ってきちゃったよ、ママの写真。一人娘の成長した姿、きっと見たかっただろうからさ」 パパがどんな顔をしてるのかわからない。 でもきっと、泣きそうな顔をしてるんだと思う。写真の中で笑うその人を、想いながら。 前屈みになって、膝の上に両肘を乗せるパパの背中を横目で見つめた。 色の抜けた灰色の、不格好に折れ目のついたしわくちゃのスーツ。昨夜、慌ててクローゼットから出して、クリーニングに出す暇もなかったからだ。 私が早く気づいてあげていればよかったのに……。昨夜感じた後悔が、同じように溢れてきて、胸がきゅっと痛くなる。 ……でも。
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