第一章 桜散る、春

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みんなの視線は、自己紹介をする男子に向けられているのに、私の左隣に座る、ワックスで逆立った髪の彼だけが、怪訝そうな目つきで私を見る。 ……名札が変って、私に言ったの? そう言おうとした時「あ、ホントだね」と、前に座る女の子が振り向き、私の胸のポケットに縫われた名札を指差す。 んー、と考えるように間をおいて、私の名札に顔を寄せて、さらに言葉を続けた。 「えっとね、うまく言えないんだけど、生地の糸が表面から通ってるから、変に目立っちゃってる感じ」 ほらね? と私に見せる彼女の名札は、黒の糸が見えないように、生地の裏側で糸が縫い付けられていて、表側には目立たないようになっていた。 「こんな風に縫いなさいって、説明書にも書いてあったみたいだよ。お母さん、縫い間違っちゃったのかな?」 ……そうだったんだ。 頭をさげて、改めて自分の名札に目を向けた。
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