Ⅰ. 初桜《はつざくら》

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4月の末になると桜前線の到着を告げるかのように、膨らんでいた桜の蕾がひとつ、またひとつと開き始めた。 5月に入り、ポカポカとした陽気が続いたせいか、連休初日にはあっという間に満開になった。 それは話に違わず素晴らしい桜だった。 四方に大きく広がる枝には桜の花が競い合うように咲き誇り、まだ幼かった私には澄み渡る青空に淡い桃色の大きな雲が浮かんでいるように見えた。 その日、お花見に招いた両親の友人家族もこんな綺麗な桜は見たことがないと口々に褒めた。 桜の木から随分離れた場所に敷かれたレジャーシートにみんなで腰を下ろし、花見が始まった。 準備の時、母が父に遠すぎない?なんて聞いていたが、座ってみるとちょうどいい感じに美しい桜雲を楽しむことができた。 バーベキューでお腹を満たしてから、子ども達はみんなで鬼ごっこやかくれんぼをして遊んだ。 大人達はお酒を飲みながら、いろいろな話で盛り上がっていた。 やがて兄達は携帯ゲームを始めた。 その日集まった子どもは私以外はみんな小学生の男の子で、ゲームをされると仲間に入れなかった。 退屈だなぁと思いながら、何となく桜の木の方を見ると。 そこに彼はいた。 ひょろりと背が高い短髪の男の人だった。 切れ長の目にスッとした端正な顔立ち。 私よりはかなり年上だけど、まだ“お兄ちゃん”と呼ぶのが正解と思える風貌。 もうこんなに暖かいのに何故か首元に白いマフラーを巻き、焦げ茶色のつなぎにベルトを締めて、その上には同じ色のダウンベストみたいなのを着ている。 ズボンの裾は黒いブーツ?にインしている為、太腿の辺りが少しダブっとして見えて、何だかへんてこりんな格好だなぁ、と思った。 彼は桜の木の傍に佇み、私達の様子を眺めていた。 ふと目が合い、お互いにしばし固まる。 やがて私はすくっと立ち上がり、靴を履いて彼目掛けてダッシュした。
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