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背後から足音がした。約束をした人かと思い振り向いて、リサは気を落とす。
そこに立っていたのは、全く見知らぬ男性一人。
背が高くて見上げなければ、顔が見えないのが腹立たしい。
「こんにちは。桜はもう少しですね」
そういう彼は、なぜか少しだけ困ったような顔をして笑う。
今日の吹き抜ける風は少し暖かい。ふと花びらが舞い上がる幻覚を見た気がした。疲れているのだろうか……。
「僕は洋一(よういち)。この季節にこの辺りをよく散歩しているんだ」
なるほど、この辺りにある桜はどれも素晴らしい花を見せてくれる。こうして噂を聞いてやって来るものがいるのも仕方ない。
「安心して。僕は桜にふれないし、きずつけたりもしない。ただこうして散歩しているだけだよ」
好ましい笑顔を向けて挨拶してくるのは、私に警戒されたくないように思えるから不思議なものだ。
「――私はリサ。ここで人を待っているだけだ」
どうせしばらくこの辺りを散歩するというからには、何度か会うことになるだろう。名前くらいは名乗っておこうと気が向いた。
待ち人以外には興味がない。しかし勝手に名前を付けられるもの癪に障るから仕方ないとリサは自分自身に言い聞かせた。
洋一はリサの態度に気分を害することもなく、近くの岩に腰を掛けた。
「ねえ、リサ。君の話が聞きたい」
「私は話すことなど、ない」
「……そうだね」
まるでリサの答えをしていたかのような、返事を洋一はする。その顔には苦さが含まれていた。
「僕は桜がとても好き……もちろんほかの花も好きだけど、桜が一番好き。この季節はどうしてか胸がわくわくして仕方ないんだ」
彼は一人で話を続ける。リサを見つめながら。
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