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(もしかして忘れているのは、私なのか?)
リサは驚きのあまり、洋一を凝視した。そんな彼女に青年は言葉をおくる。
「『リサ、今年も会いに来たよ』」
(――あぁ、なんてこと。覚えていないなんて)
私が忘れていると知っているのに、この人は会いに来ていた。
私が忘れても、私の五感が覚えている。このハンカチの香りは知っていた。
泣きじゃくるリサに彼は静かに話す。
「リサ、良く空を見て。桜はすでに満開なんだよ。こんなに桜が舞っている」
言われるままに上を向くと、空を覆うほどの満開の桜がそこにあった。花びらが見えたのは、幻覚ではなく本当に咲いていたから。
「じゃあ、私が待っていた人は――」
「僕のことだ。リサが忘れても僕が覚えている。それからリサ、もう一つ忘れているよ」
何も考えられない。そんなリサの頭に洋一は手を伸ばし、桜の花びらをとる。
彼はリサの手のひらにそれを載せた。
「君はすでにこの世界の理から離れている。もう誰も君を責めるものはいない。リサは何も悪くない。僕は君を愛している」
リサが忘れても、何度でも伝えるよと洋一は言う。
理から離れている……つまりリサは生きていない。
(記憶が曖昧なのは、そのせいだったのか)
あの人もまた、洋一と同じことを言っていたような気がする。『リサは何も悪くない』と。
リサの右手に彼のハンカチ、左手には桜の花びら。
「怖がらないで、リサ。きっとまた出会えるから。出会えないのなら、僕が君を探し出すって約束するよ。僕は君に嘘を付かない」
「洋一、ありがとう」
もう行かなければいけない。リサはここにいてはいけないのだ。
そう自覚するとリサの手のひらは光になり散っていく。
支えを失ったハンカチと花びらが、手からすり抜け地面へ落ちた。
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