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「悩み事でも、あるんですか?」  その女の子は、じろじろと観察するような私の視線も意に介さず、尋ねてきた。  どちら様ですか、という疑問は飲み込んで、愛想笑いを作る。 「ううん。少し、休憩していただけ」 「でも、ため息をついていましたよね」  見られていたのか。  だが、ため息を見られたことよりも、こんな子どもにも懊悩を見抜かれるほど顔に出ていたことのほうが恥ずかしい。  どう答えたものかと悩み苦笑いで間を繋ぐ私に、女の子は続ける。 「お姉さん、桜は好きですか?」 「……桜って、この、桜?」  足元に散らばる花びらを見下ろす。  嫌いではないのは、確かである。しかし、好きだと即答するほどでもない。そもそも、桜を気にかけたこと自体、今までそう多くはなかった。花見をするほど季節を楽しむタイプではない。 「この、桜です」  女の子が、頭上を見上げる。  私達に影を落としてくれていた桜花は、大きく広げた枝に鮮やかな桜色を纏い、時折、風に揺れてその欠片を宙に踊らせる。 「……どうだろ。綺麗だとは思うけど」  答える私は、どんな表情をしていたのだろうか。  少なくとも、隣に座る女の子のように、満足そうに笑ってはいなかっただろうが。 「この桜、去年はほとんど花を付けなかったんです」 「そうなの?」 「はい。でも、今年はご覧の通り、です」  女の子は妙に自慢げに両手を広げて、桜を見上げ続ける。  それだけ、この桜に愛着があるということなのかもしれない。  しかし、私はどの桜が花を付けていて、どの桜がそうでなかったなど、覚えていない。少しだけこの女の子を羨ましく思い、同時に尊敬する。  きっと、この子は近くに住んでいるか、学校に行くかで桜をよく見ていたのだろう。去年の今頃は就活のためにほうぼう駆けずり回っていた私も、この桜の下を通ったことは数え切れないはずである。必死な私に風景を楽しめる余裕など無くて、ベンチの存在にすら今日気づいたのだが。
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