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「だから、お姉さんも大丈夫です」  唐突に、話は私へと戻ってきた。  何がだからなのか。何をもって大丈夫とするのか。  訊きたいことは山ほどあったが、春風はいたずらが好きなようで、私が口を開けようとした瞬間に吹き付けた桜の花びらで口を塞いでしまった。  軽く口紅を塗った唇に張り付いた花びらを剥がして、指に挟んだそれを弾いて逃してやる。  そうして少し視線を外している間に、隣に座っていた女の子は、消えていた。 「……えっ」  思わず立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回してしまう。  ちょうど下校時間になったようで、色んな制服姿の子どもたちが道を歩いているが、あの女の子と同じ制服を着ている子は、やはり一人もいない。  まさか、幽霊。  浮かんできた突拍子もない憶測は、頭を振って否定する。  きっと、私が桜の花びらに気を取られた一瞬で、人ごみの中にまぎれてしまっただけだろう。  分からないことばかりだったけれど、励ましてくれたのだからお礼くらいは言わせてほしかったのに。そう思っても、もう遅い。  深く、息をつく。ため息ではない。気持ちを切り替えるための、肺の底に沈んだ重たい空気を吐き出すための深呼吸。  そうだ。お礼を言うのであれば、またここに来ればいい。来年の桜が咲く頃に来れば、また、あの子に会える気がする。それは、確信と呼ぶには頼りないけど、願望と言うほど曖昧じゃない、不思議な予感。  だから、と、私は頷く。  その時には、ため息をついて地面を見つめるような私じゃなくて、咲き誇る花々を見上げられる私になっていよう。  お姉さんも大丈夫です。  綺麗で優しい女の子の声が、私の中で繰り返される。  大丈夫、大丈夫。胸中でつぶやきを重ねるほどに、あの子の言葉が、私に勇気をくれる。一歩、踏み出す。二歩、歩みを進める。重たい気持ちは、もう随分と薄れていた。  そんな私を褒めるように、春風は桜の花と共に、私の背中を押してくれた。  
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